談林サロン

DANRIN SALON

<小説・密厳國紀>霧生丸編⑩ 「蹈鞴丸」

2020/07/23

鑁様の一行は虻田の*聚落、虻田丸を後にして
いくつかの丸を抜けて*蹈鞴丸に入った。
激しい*鞴の音と炉から上がる炎と火の粉が谷のこちらからも見える。
男も女も子供達も皆かなり忙しそうに走り回っている。
長い吊り橋を渡りきると鉄門が開かれ一行はその中に迎えられた。
この集落でも一行は歓迎され長が現れ丁重に挨拶をする。
「鑁様お帰りなさい。高炉(たかろ〕の作業が遅れて今皆炉にかかりきりで、充分なおもてなしも出来ず恐縮です。」
「我らも少し遅れてしまっている。一夜の宿だけで有り難い。我らで煮炊きもするので構わないで欲しい。」
「有難うございます。すべて館に揃えてあります。ご注文の品々も出来上がって館に並べてあります。もしご入用のものが他にあれば御用周りの童をお呼び下さい。」
一行は館に入り荷を解いてくつろいだ。
豪壮な館で天井も驚くほど高い。棁(うだつ)の脇から美しい月が見えている。

翌日まだ星が輝くときに歩き出していた。ひたすら狭い断崖の廻廊を上がっていく。登に従って気温が下がり足元には雪が残る。かなり登ると朝日が輝きはじめている。
そのまま進むと漸く尾根を超えた。尾根の上にて休みをとる。
皆朝日を全身に浴びて輝いている。
皆金剛界大日如来の印を結び真言を唱え始めた。
陽光が尾根を越えて次第に尾根の向こう側にも届く。闇の中がみるみる照らされていく。
自分がいる尾根はおおきな外輪山の一部でその内側には雄大な平野が広がっている。
田畑もあり牛馬が遊び川が流れ遥か反対側はほとんど霞んで見えない。
外輪山の中にもいくつもの集落がありそれぞれ煙が上がっている。

*聚落・・・しゅうらく又は、じゅらくと読む。人の集まるところ。
*鞴・・・ふいご。金属の加工、精錬などで高温が必要となる場合に、燃焼を促進する目的で使われる道具