談林サロン

DANRIN SALON

<小説・密厳國紀>霧生丸編⑮「左京山」

2020/07/23

霧生が心の傷を癒し始めているのと同じ頃に、都に近い左京山の内院で三人の男が密談をしている。
「霧生丸を逃したのか。あれほど周到に北の法城を囲んでいたのにか。蟻の這い出る隙も無く
左京の忍びまで整えていたのにな。霧生丸は海大阿の血脈を伝えているはず、彼奴を我が方に取り込み、海大阿の秘伝と秘宝を手にすれば、この国はすべて思いのまま・・・」
「大臣(おとど)様今一度探索の網を拡げますゆえしばらくお待ち下さい。」
「木蘭の僧正よ。何か策は無いのか。」
「探して捕らえられれば吉。もし鑁の手に落ちると・・・」
「鑁の奴を早く失脚させておけばな。しかし帝が鑁を手放さん。鑁は都が嫌いで僧綱にもなかなか顔も出さない。帝の信任の厚いことを傘にきて好き放題。しかも南の大寺の僧たちの信もあるからな。鑁は今どこだ」

「都の公務もなければ旅から旅。何度か追わせましたが霧のように消えてしまいます。」
「やはり南海の島に海大阿様が創建されたという秘山にでも消えるのか。」
「大臣様、海大阿様の創建された秘山は幾つかあります。」
「あれほどお忙しかった海大阿様がな・・・それほどの時があったのかの、木蘭の僧正よ」
「若き日大学を追われ旅に出て山野跋渉(ばっしょう)の日々、七年という歳月を誰にも知られず過ごされています。その月日は今も謎です。この大和隅々までもさらには海の彼方まで行かれたという話もあります。」
「それにしても秘山を創建するには一山でも費用が嵩むだろう。」
「海大阿は山の民以上に山のことも詳しい方でした。山の民のために石の切り出し方、運ぶための方法、更には貴重な石を掘る鉱窟の作り方まで教えたと。丹の採掘や使い方にも精通されていました。燃える水、燃える石、金や銀の鉱脈も。しかも帝の信任の厚さは親子兄弟よりも深かったと伝わっております。」
「秘山は幾つあるのか」
「大臣それは私にもわかりかねます。鑁のやつは存じておるそうです。秘山どうしも互いの存在だけは朧気に知っていても、詳しい場所、大きさもわからないようです。ですから仮に一山が落ちても他の秘山は守られる。」
「木蘭の僧正よ。それでは国の律令の枠外、勝手気ままに山で行をする私渡僧の群と変わらんだろう。」
「その通りでございます。しかし鑁は僧綱の頂点にいること帝の覚えめでたく好き放題。野放しにすれば律令も崩れこの国のかたちが壊れます。」
「検非違使はどうする。」
「大臣のお許しがあれは忍びを使ってでも秘山を洗い出し、そののち軍を送るのではいかがでしょうか。」
「軍を動かすのは帝のお許しがなければな」
「やはり忍びと国中を放浪する私渡僧を手懐けて探索させますか」
「あるいは魔軍に頼むか。すでに魔軍も動いてるやも知れんが。」
「大臣それは危険が大きくなります。」
「検非違使とも力を合わせて探索しますので魔軍だけには関わらないように切にお願い申し上げます。」「木蘭之僧正がそこまで言うなら任せるか。」
「有難うございます。霧生丸よりも大きな力を秘める宝生丸は抑えてありますので。」
「宝生丸はもう年嵩、これから大官大寺に入るのには遅い。眉目秀麗ながら非情冷酷が過ぎると聞くが。」「人は使いようです、大臣様。」

跋渉・・・山を越え、水を渡ること。色々なところを歩き回るさま