談林サロン

DANRIN SALON

<小説・密厳國紀>霧生丸編⑨「朝餉」

2020/07/23

陽が上ってかなり時が経った。
童が「朝餉のご用意ができました。」と丁寧にお辞儀をする。
童は青顧の手をとり広場に案内した。
いくつも鍋が火にかけられ朝からご馳走らしい。
女たちが甲斐甲斐しく立ち働き
鑁様を見ると長の横に、と手振りで示した。童も青顧も並んで座る。
「今朝はご馳走です、熊の鍋です。」
僧たちが熊を食べるのか。青顧は不思議に思った。
鑁様は
「稗粟米も野の草、魚鳥も獣たちも人もすべて同じ生かされてるもの。互いに生かし生かされてる。そこには浄も不浄もない、人の心が穢れとか不浄をただ決めている。すべて大切に有難くいただき、自らの身体にその生命を生かす。生かせばお前の中で生きる。そして薬となる。
都人の如くほしいままに貪って上手い不味い、と思って食せば、尊い糧もただの食い物で毒にもなる。」
長が自ら鑁様と青顧に碗と箸を差し出した。
鑁様を見習い合掌して頂く。
鑁様はすこし碗を上に差し上げ微かに低頭した。
青顧も見習い合掌する。
鼻を近づけると実に爽やかな香りがたってくる。汁をすする。身体に染み渡り生き返るようだ。
山椒の実が肉とよく合う。肉がこれほど爽やかで柔らかく五臓六腑に力をくれるようだ。
「青顧様もお顔がやっと綻びましたな。」
「肉は食べたことも有りますがこれほど柔らかく香り豊かで身体中に力が湧いてくるようです。」
「その通りです。熊は傷つけないように捉えてここに住みます。毎日祈りの婆婆が話しかけ熊様のお生命を頂きたいとお願いするのです。婆婆の心が通った時が・・・」
「青顧様が食べてるのは熊の生命、その生命を生かしてくだされ」

青顧は涙が出てきた。
熊の生命をいただいて生かす、浄も不浄も人の心が決める、心に映る森羅万象が同じ生命の輝きにあるように感じた。

また長は頭を下げ優しく撫でた。