談林サロン

DANRIN SALON

<小説・密厳國紀>霧生丸編⑰「西海院の宝生丸」

2020/07/24

大臣は宝生丸を海を隔てた西の大寺に入れた。大官大寺に入れて事が露見しないよう、又宝生丸の冷酷な振る舞いが大官大寺を汚しては元も子もないと考え、木蘭之僧正の勧めた西海院に入れて顕密の教えを学ばせようと。
野望を持つ木蘭之僧正と宝生丸は気が合うのか、木蘭之僧正の言葉を受け入れた。
西海院に向かう旅には木蘭之僧正の側近守便とは親子のような雰囲気で話していた。「お前は運が良い。あの法城が襲われ女子供は売られ男は皆殺しだったそうだ。お前は美しい顔をしていた故、都なら高く売れると考えて大臣様の館に運ばれたと聞く。」
「運などあるのでしょうか。すべては定め宿命。
あの法城は闇の力に操られ冥府魔道の根城のはず。ただの野武士集団に落とせるほど容易な法城ではなかった。もっと大きな力があの法城に襲ってきた。と私は思っております。帝の軍勢とか・・・」
「そうなのか、もともとあの法城は国の鎮護国家のために法の力と僧兵の力を併せ持つ最強の法城のはず。さらに近々御門跡が入るという。」
「あの法城が易々と野武士に落とされたとは思えません。すべて魔道の筋書きなのか、とさえ思えます。」
「私には難しいことは分からん。尊敬する木蘭之僧正様に従うだけだ。西海院は私の故郷の寺でもあり久々に老いた親にも会える良い旅だ。」
「それは楽しみですね。」と宝生丸は美しい顔で微笑んだ。この微笑みはどんな人をも惹きつける力を持っている。
「須磨から船で渡る。この手形札が有れば全ての関は超えられる。船に乗ればもう故郷に入った気分になれる。今しばらくだ。」
その手形を見て宝生丸の目が怪しく光る。
海は多くの海賊水軍が群雄割拠していて都の力は及ばない。しかし帝の威光は届き帝の関わりある船は大切に扱われた。

「お前に弟がいたな、霧生丸という。」
「いました。あの混乱では生きてないと思います。」
「それは分からんし、冷たいな、兄弟なのに。」
「母も違いますし、小さくひ弱で。」
宝生丸はそう話しながら、何度か霧生丸をあやめようとして殺しきれなかったことを思い出す。
落ちたら死ぬような断崖の急所に誘って落ちるかと思うほどなのに、うまく難所を切り抜けた来たり、丸太の橋をわざと濁流渦巻く時に渡らせても上手く身体の釣り合いを保って渡り切ってしまう。
霧生丸には神仏の加護でもあるのか。何度もそんな事がある。
しかしこないだの激しい攻撃の中では生き延びることは到底考えられなかった。
この俺でさえ捕らえられているのだ。