DANRIN SALON
<小説・密厳國紀>霧生丸編② 「方丈(黒衣の僧正の居室)」
2020/07/23
黒衣の僧正の居室、方丈は僅か一間半四方、四畳半。中央には囲炉裏が切られている。
しかし狭さはまったく感じない。
東西と南の三面に*蔀戸があり全て開けると
雄大な景色が眼下に広がる。
外界とこの狭い方丈が一体化して広く感じる。
青顧(せいこ)はこの居室に上がるのが何より好きだった。
目が見えない青顧には眼下に広がる雄大な風景他の者が見るようには映らない。
しかし青顧には誰よりもよくその自然の美しさを実感出来る。観える。
吹き抜ける風を感じ、その風が四季折々に移ろう季節を運でくる。
これから日輪が登るので青顧は西側の隅に控えていた。
上座の黒衣の僧正が印を解かれた。と同時に陽光がこの居室に届いた。
「鑁大阿」(ばんだいあ)と青顧は黒衣の僧正に声をかけた。
海剛山院(かいごうさんいん)の僧は黒衣の僧正を鑁大阿と呼んでいる。大阿闍梨と呼ばれる僧正はこの国には僅かしかいない。
「今日は茶を練ってくれ」
青顧は静かに壁板の一部を押すと板が半回転して棚が出てくる。その棚から大振りの
湯呑みを出して囲炉裏からたっぷりと湯を汲んで茶碗を温める。
その間に薬を合わせるために鑁大阿が作られて竹の*筅(ささら)を囲炉裏の前に置く。
茶碗も温まり、湯加減も丁度良くなる頃合いに
茶を入れゆっくりと筅で練る。
茶の香りが立ち上り肺も心の臓まで薫風が拡がる。
頃合いを見て鑁大阿の前に茶碗を置く。
その手順が流れるようで美しい。
鑁大阿が合掌して茶碗を手に取る。陽光が茶碗に届き陽の光は茶の面から鑁大阿の顔をも映す。
「美味い、青顧も相伴すれば良い。」
「はい」
青顧も茶碗を取り出し湯を組み同じ手順を繰り返す。
おのれの茶を入れるときには、より手順が軽やかになる。
*蔀戸(しとみど)・・・戸外からの雨や風を遮断するとともにプライバシーを確保する扉
*筅(ささら)・・・茶筅の原型。鍋などを洗うために竹の先を細かく切れ込みを入れ弾力があり鍋を傷付けずに洗える