談林サロン

DANRIN SALON

<小説・密厳國紀>霧生丸編⑬「海剛山院内部」

2020/07/23

「この山は三室山そしてこの院は海剛山院。海大阿自らが僅か数名の弟子とともに開かれたお山だ。」
目覚めた霧生丸を案内しながらこの院の事を話しはじめた。
「都の制度に縛られない真の密厳国土を大和から遠く離れたこの地に開かれた。高野も開かれたが、いずれ都の制度の波と都の寺との諍いに沈む事を見ていたように。高野からさらに離れたこの地はまさに聖域なのだ。」 
話しながら青顧は歩みを止めない。どうやら大きな螺旋状に回廊が繋がり螺旋が山肌にある時は居室や学堂、行堂などが連なる。螺だ旋状の奥側には食料などを収める蔵、衣帯収める部屋、さらに経蔵がかなりの連なりでそなわる。大蔵経や各宗の論書、辞書の類、天文地理、詩文、書論と叡智が詰まっている。
同じ経典でも巻物もあれば海大阿の作られた粘葉本、折本と種類もあるので調べやすい。
霧生丸は経本群の並びの美しさと香りに眼が輝いていた。
螺旋の中心は空洞があり院全体に新鮮な空気を循環させている。
最上部と思われるところに鑁大阿の居室と真之道場、水屋と香を合わせる部屋などがあるらしい。
回廊も一本ではなく微妙に異なる位置に何本もあるようだ。
「どこでも自由に見るとよい。それぞれ司る僧が居るが皆霧のことはすでに知っている。
「今日からそなたを霧生と呼ぶ。この院の中では互いに仮名(けみょう」で呼び合う。そなたも私を青顧と呼ぶとよい。」
「昨日の阿闍梨様はどのようにお呼びすれば」
「鑁大阿と、そして今日から私と一緒に霧生が鑁大阿の居室の掃除と食事の用意を。」
「はい」
「阿闍梨様も何人かおられるが皆仮名だけで良い。」
「道場もいくつもあるので使うのも自由だ。ただ多くの者は自室を修業にも使っている。香が必要なら水屋から使うと良い。」 
「はい、青顧様、せいこ」
「呼称にとらわれ年齢の差にとらわれ男女、立場にとらわれてると本質を見失う。」
と言って青顧がわずかに笑みを含んだ。
「明日は院の外をあないするからこの後は一人で院を歩いて見なさい。」